腕時計の中古・アンティーク市場が過去類を見ないほどの高まりを見せるなか、「アーカイブ」への注目度が上がっています。
アーカイブとは簡単に言うと、ある腕時計に対して「どのような個体か」をメーカーが正式に発効する書類のこと。中古・アンティーク時計はとかく製造年や年式による仕様があやふやになってしまいがち。そのため個体の経歴を知ることのできるアーカイブは、時計業界にとって大変価値ある存在なのです。
とは言えこのアーカイブ、保証書や取扱説明書等と比べると周知はされていません。また、ほとんどのアーカイブは英語で記載されており、パッと見ただけでは何がなんだかわからない、といった方もいらっしゃるでしょう。
そこでこの記事では、時計についてくるアーカイブを徹底解説いたします!
アーカイブとはどのようなものか、その存在意義。アーカイブの見方から個人での申請方法までをカバーいたしました。これから中古・アンティーク時計を買う方も売る方もご一読ください。
※パテックフィリップのアーカイブ申請要件が2021年4月より変更になっています。後述していますので、これからご申請される方はぜひご一読下さいませ。
腕時計についてくるアーカイブとは?
アーカイブは英語Archiveのことで、直訳すると「古文書」。保存記録や公文書として使われる英単語です。日本でも、重要記録を保存し、伝達していくための文書・データなどとして用いられています。
腕時計に付属しているアーカイブもまた、「保存記録」であり、「継承していくべきデータ」となります。
どういうことかと言うと、ある腕時計に対して、「メーカーがいつ作ったものか」「どのモデルか」「どんなムーブメントが搭載されているか」といったデータを明記する抄本。つまり、アーカイブがついている時計は、いつ製造された・どのような個体かが一目で確認できるのです。
もちろんこれは保証書でも賄えますが、保証書は新品購入時についてくるもの。何年か経った後に「発行してくれ」とお願いしても、不可能なことが特徴の一つでもあります。
しかしながらアーカイブの目的は「記録の保存」であるからして、メーカーにデータが残っている限りはいつ何時でも発行が可能で(何年以前の個体、といった条件がつく場合がほとんど)、しかも、そもそもそれ(保存・伝達など)を目的としたものがアーカイブなのです。
記載内容は基本的には時計の詳細ですが、随所がメーカーによって異なります。
中古・アンティーク市場でよく出回る老舗の人気腕時計ブランドはアーカイブを発行しているところがいくつか存在しますが、最も高名なのはパテックフィリップでしょう。
なぜならパテックフィリップは、1839年の創業以来、製造してきた製品のデータを歴史資料として保存しており、「Extract from the Archives(アーカイブ抄本)」として要請があれば顧客に提供するサービスを大々的に行っているためです。
180年にも及ぶ歴史の中で連綿と作り上げてきた時計のデータを保存してあり、しかも今後も残していくこと、およびこれから製造する個体のデータをも受け継いでいくことを誓うパテックフィリップの伝統へのこだわりぶり!並大抵ではない、とご理解いただけるでしょう。
また、パテックフィリップはどの腕時計ブランドにも追随を許さない「資産価値」を有しており、オリジナル(販売当時の仕様や状態)の見極めは重要事項です。アーカイブは、このオリジナルの見定めの一環として重宝される付属品のうちの一つとなっております。
【2021年4月3日追記】パテックフィリップ アーカイブ取得要件変更の概要
冒頭でも述べているように、パテックフィリップは2021年4月1日より、アーカイブ取得要件の一部を変更致しました。
変更点は下記の通りです。
◆販売日が1990年以降の個体は取得不可
※2021年3月31日までの申請分については1990年以降の個体も発行されます
◆アーカイブ発行後、同一個体は5年間再発行不可(依頼人が変わっても制限適応)
◆申請料金が従来の150スイスフランから500スイスフラン(日本円で約6万円)へ
◆申請後、12週間以内とされていた取得納期が10週間以内へ
◆英語表記に統一(フランス語表記は廃止)
◆申請方法はオンラインのみへ
それでは次項で、このパテックフィリップのアーカイブを例に、記載事項および見方を解説いたします。
アーカイブには何が書いてある?記載事項と見方を解説
アーカイブの記載事項はメーカーによって異なりますが、基本的には「いつ製造されたか」「個体のモデル番号(型番)」「シリアル」「ムーブメント」などが一般的です。
では、パテックフィリップのアーカイブにはどういった事項があるのでしょうか。
実際のアーカイブを見てみましょう!
※個体を特定できるシリアルはぼかしてあります。
①腕時計のタイプ。こちらは腕時計なのでwrist watch、懐中時計であればpocket watch。
②ムーブメントのシリアル(個体製造番号)
③ムーブメントのキャリバー
④ケースのシリアルナンバー
⑤型番・素材(こちらの個体は型番5053、K18のローズゴールド製ケース)
⑥文字盤の種類
⑦製造年
⑧販売年月日
⑨ブレスレットまたは革ベルトの素材
⑩備考
細かく見てみると、いたってシンプルですね。これは、最初の出荷時の時計の詳細データとなります。
ちなみに大きなタイトルは「Extract from the Archives(アーカイブ抄本)」が筆記体で記されています。
アーカイブと実際の時計のシリアルなどを確認し、合致していれば本物、ということになります。
なお、ダイヤモンドなどの鑑定書にも似ていますが、現状のコンディションなどの記載はありません。
アーカイブの重要性と気をつけたいこと
パテックフィリップを例にとると、前述のように過去どんなに古いモデルであっても、その時計の詳細についてを知ることが可能です。「歴史的にデータを保存している」という意義の深さは計り知れません。
一方で、パテックフィリップを始めとする多くのブランドでは「アーカイブで真贋は証明されない」と明記しています。
と言うのも、最近では時計のデータ(型番、シリアルなど)と画像をメーカーに送るだけでメーカー側が個体を特定し、アーカイブを発行する、という流れであることが一般的。つまり、詳細に実物を「鑑定」しているわけではないので、「真贋を見極めるためのものではなく、その時計に関する情報を提供する」という目的と位置付けられているのです。
しかしながら現在中古・アンティーク市場で「アーカイブ」が付属しており、かつアーカイブ内のシリアルと時計本体のそれが合致しているものは、「本物」とみられる向きがほとんどとなります。
実際パテクフィリップもアーカイブ申請時に送られてきた画像で少しでも不鮮明な箇所があれば、実物の送付を要請すると言います。送付できない場合、アーカイブは発行されません。
つまり、かなり厳格に真贋を判断したうえでアーカイブ発行に至っているのです。
また、真贋のみならず、その個体がレアな逸品だとすると(限定モデル、今はなきダブルネームなど)、アーカイブの有無によってそれが証明され、より高値がつく可能性があります。
とは言え気をつけなくてはいけないのが、「アーカイブの情報」と「実際の個体」に食い違いがある可能性が存在し、例え本物であっても売却しづらくなる、という現象が出てきているのです。
これは、その時計の出荷時とアーカイブ申請時で、別パーツに差し変わっていた場合に起こりうる事態です。
今はメーカーが厳しくなっているためあまり見られませんが、かつては正規代理店で在庫のある文字盤やムーブメントを入れ替えるような事案が発生していました。これは何も贋作を作ろうといったものではなく、「顧客の好みの文字盤の時計を提供するため」「修理の際に本来のムーブメントの在庫がなかったため別機械で代替した」といったものです。
そのため、年式の古い個体だと、紛れもない本物であったとしてもアーカイブとの情報に差異が出てしまうこともあるのです。
気をつけたいのが、前述のようにアーカイブの情報と食い違ったためにその個体が「売りづらくなる」ということ。
個人の買取などではあまり聞きませんが、業者間ではえてしてこういったことがあるようです。
アーカイブの申請には、パテクフィリップの場合だと6万円程度かかります。
アーカイブを、お持ちの時計の「歴史」の確認といった意味合いで申請する分には良いでしょう。
もし資産価値を裏付けするためだけに申請するのであれば、注意が必要です。
真贋は、熟練した鑑定士のいる、信頼できる買取店で査定すれば見極めることが可能です。
また、保証書はもちろん、メーカーで修理をしてもらった際に発行される「修理明細書」などでも、真贋を見極められます。
アーカイブの申請方法
アーカイブを発行しているメーカーは、パテックフィリップ,オーデマピゲ,ヴァシュロンコンスタンタン,オメガにロンジンなどが挙げられます。
これらのほとんどは申請をメーカーホームページから行い、時計の情報と画像提供を求めているようです。
時計のケースやムーブメントのシリアルやキャリバー、時計のリファレンスなどを入力する必要がありますが、実際に時計を開いてみないとわからないことも多いので、メーカーや時計修理専門店でお願いしましょう。
発行手数料はまちまちですが、パテックフィリップを例にとると600スイスフランとなります。
日数は、パテックフィリップでは「支払いから10週間以内」となっており、他社でも2~3か月かかることが一般的なようです。
まとめ
中古・アンティーク市場で存在感を増す、アーカイブについて解説いたしました。
アーカイブは「古文書」という意味を持ち、あるメーカーから製造された時計の経歴を証明する書類ということ。個人での申請が可能ですが、年式によっては必ずしも時計と合致するとは限らないことなどにご留意ください。
当店では、中古・アンティーク品のパテックフィリップなどでアーカイブを付属しております。
もちろん熟練の技術者たちがしっかり査定し、内部点検を行っておりますので、真贋の見極めについてはアーカイブの有無にかかわらずお任せください!
文:鶴岡
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この記事を監修してくれた時計博士



田所 孝允(たどころ たかまさ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN MD部署所属
1979年生まれ 神奈川県出身
ヒコみづのジュエリーカレッジ ウォッチメーカーコース卒業後、かねてより興味のあったアンティークウォッチの世界へ進む。 接客販売や広報などを経験した後に店長を務める。GINZA RASIN入社後は仕入れ・買取・商品管理などの業務に従事する。 未だにアンティークウォッチの査定が来るとついついときめいてしまうのは、アンティーク好きの性分か。
時計業界歴19年。