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アールデコ(アール・デコ)は近代の芸術・文化様式のひとつで、腕時計やジュエリーのデザインとしても一時代を築きました。
アールデコ調は今に至っても愛される装飾美術様式となり、数多くの腕時計ブランド・モデルにその片鱗を残しています。
しかしアールデコが具体的にどういったデザイン系統を示すのか、よく似た名前のアールヌーヴォーとは何が違うのか、日本では意外とあまり知られていません。
腕時計やジュエリーなどに今も使用されるアールデコ様式とはどんなものか、アールヌーヴォーとはどのように違うのかを、分かりやすく読み解きます。
目次
アールデコとは?
そもそもアールデコとは、1925年に開催されたパリ万博を指す言葉が源流となっています。
1925年開催のパリ万博は、フランス語で「Exposition Internationale des Arts Decoratifs et Industriels Modernes」。
この中の「Arts Decoratifs」を略したものが、アールデコの由来です。
日本語に訳すと、「装飾芸術」という意味になります。
①歴史
アールデコは第一次世界大戦前後(1914年~1918年)から始まり、1925年に開催されたパリ万博で花開いた時代の文化・芸術を指します。
第一次世界大戦の悲劇を忘れ復興を目指す人々により、パリ万博や産業革命、図らずも戦争でもたらされたさまざまな文化が融合して開花しました。
ヨーロッパで一世を風靡したアールデコは、アメリカをはじめ、日本などのアジア諸国等、世界中の都市にも広がります。
現代的に洗練され華もあるアールデコは歓迎され、建築をはじめジュエリーなどの装飾品に大きな影響を与えました。
ヨーロッパとアメリカ、そして東京など世界中の都市を彩ったアールデコの時代は、やがて訪れた第二次世界大戦の軍靴の響きとともに、静かに幕を下ろします。
②特徴
アールデコは、直線的、実用的でモダンなデザインが特徴で、その点はノモスやユンハンスなどドイツのブランドに見られる洗練された「バウハウス」理論に通じるものがあります。
しかし幾何学模様やパターン模様、ガラス、金属、貴金属やジュエリーの使用など、装飾的でもあるアールデコは、華やかでラグジュアリーな側面も持っていました。
特に金銀や赤、黒といった色使いやタイルの使用などが特徴的で、古き良きマンハッタンのビル群や東京の日本橋三越、小樽の街並みなどにそのきらめきが残っています。
腕時計のデザインにもアールデコは大きな影響を与え、今に至るまで人気の高いカテゴリーのひとつとして残っています。
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実用品への美を追求するアールデコは、腕時計に「時間を知る」という機能性だけでなく、アクセサリー・ジュエリーなどと同じ装飾性を持たせたことでも重要な時代でした。
特に幾何学的なレクタングルやトノーケースはアールデコの時代にもてはやされ、流行したもののひとつです。
さらに八角形などの多角形ケースも、今ではいくつかのブランドのアイコンとなっていますが、アールデコにインスパイアされたものと言えます。
アールデコの根底に流れていたものは、第一次世界大戦前の、パリがもっとも華やかなりし「ベル・エポック」(古き良き時代)への憧憬と懐古という説があります。
それは第一次世界大戦をまたいで、世界の文化や経済がパリを中心とするヨーロッパから、アメリカ・ニューヨークへと移行しつつあったことも大きな理由でしょう。
実は1925年のパリ万博にアメリカは出展していませんが、視察団を派遣し、大きな成果を得ています。
その結実が、エンパイアステートビルやロックフェラーセンターといった、アールデコ調の摩天楼群であり、腕時計やジュエリーなど装飾文化そのものでした。
アールデコを感じさせるデザインの腕時計といえば、ヴァシュロンコンスタンタンのカレ ヒストリーク。そしてヒストリーク アメリカンも、当時を彷彿とさせるデザインです。
アールデコと混同されやすい!アールヌーヴォーとは
アールヌーヴォーは、フランス語で「新しい芸術」という意味になります。
アールは芸術、ヌーヴォーは「ボジョレー・ヌーヴォー」でもお馴染みの言葉で新しい、という意味です。
19世紀末から20世紀初頭、第一次世界大戦がはじまる前の約30年間に起きた、世界的な芸術運動を総じて「アールヌーヴォー」と呼んでいます。
1895年にサミュエル・ビングがパリにオープンした画廊「アールヌーヴォー」から、その名がつけられました。
ちなみにパリでは1900年にパリ万博が開催され、ビングのアールヌーヴォーもパビリオンを出展、アールヌーヴォーは世界的な流行となります。
時代背景としては、産業革命による機械化が進み、女性の社会進出も進んだ一方で、日用品や実用品は機械加工の粗雑なものが増えていました。
そこで手作業で生み出される美しい雑貨への羨望から、日用品や実用品にも芸術性を求める動きが生まれます。
また女性がデザイン、特に宝飾や服飾の仕事に関わったこと、社会を牽引する女性自らが宝飾やドレスをアピールすることで、ファッションに女性ならではの優美さが加わります。
19世紀に盛んに開催されていたパリ万博をきっかけに、東洋の文化もジャポニズムやシノワズリとして、ヨーロッパの文化に影響を与えました。
こうしたさまざまな流れが、エミール・ガレやティファニーのアートガラス、アルフォンス・ミュシャなどの芸術作品として結実します。
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アールヌーヴォーの作風の特徴は、昆虫の羽や体、ヘビや鳥、植物、女性の髪の毛など、柔らかな曲線が描き出す「うねり」です。
また真珠や淡い色のジュエリー、エナメルなどの工芸も人気を博しました。
著名なウォッチモデルでいえば、まさにブルガリのセルペンティなどは、アールヌーヴォーを体現したデザインと言えるでしょう。
繊細かつ手仕事でなければ作り出せない、生物の体が持つ曲線による官能性こそ、アールヌーヴォーのテーマです。
アールデコとアールヌーヴォーの違い
日本人には混同しやすいアールデコとアールヌーヴォー。どちらがいつ頃の、どのような文化なのかを明快に解説します。
アールデコとアールヌーヴォーの違いを分かりやすくピックアップしました。
①時代
アールヌーヴォーは1895年のビングによる画廊「アールヌーヴォー」開店から、第一次世界大戦による文化芸術の停滞まで
アールデコは、第一次世界大戦前後から第二次世界大戦開始までの期間
アールヌーヴォーの方がアールデコよりも古い
②背景
アールヌーヴォーは産業革命による物品の粗雑化への反発や、手仕事の美への懐古、女性の社会進出による女性的な曲線美の再評価
アールデコは産業革命や戦争による実用品の発展、そして戦争で失われた古き良きヨーロッパ(ベル・エポック)への懐古、バウハウスにも見られる実用の美の発見
③特徴
アールヌーヴォーは植物や昆虫・鳥・は虫類、女性の髪のうねりや肉体の曲線など、自然にある柔らかな線の美しさを重視
淡い色彩のジュエリーや真珠、エナメルなどを使用し、なめらかで官能的な曲線美が際立つ
アールデコは直線、幾何学模様などを多用し、実用性を重んじる装飾芸術
しかし華やかな一面も持ち、ジュエリーのセッティングや赤、黒、金銀などクラシカルでラグジュアリーなデザインも目立つ
アールデコを大切にするブランド時計3選
アールデコはカルティエやジャガールクルトをはじめ、パネライ、ブローバ、グリュエン(アンティークのみ)といったブランドで多く使用されています。
ロレックスやオメガなどでも、アールデコ調のクラシカルなアンティークウォッチを見つけることができます。
中でもアールデコを大切にしている時計ブランドを3つ、ご紹介します。
①カルティエ
アールデコの頂点とさえ称される腕時計、それがカルティエの「タンク」シリーズです。
第一次世界大戦を終戦へと導いた戦車(タンク)の形や轍から、インスパイアされたというその直線的なレクタングルケースは、まさにアールデコそのもの。
リューズにセッティングされたあでやかなブルーのジュエリーや、文字盤を飾るレイルウェイ分計も、アールデコならではの装飾です。
他にもサントスをはじめ、カルティエ プリヴェ トノーなども、アールデコ調の腕時計として知られています。
②フランクミュラー
フランクミュラーは、トノー型やレクタングルといった幾何学的なデザインのケースで知られています。
天才時計師フランク・ミュラーは、アールデコの時代に愛されたレトロモダンかつ洗練された幾何学的な形を基礎に、トノー カーベックスをデザインしました。
同じくアールデコのタイムピースの象徴ともいえるレクタングルに、彼独自の再解釈を加えてロングアイランドをリリースしています。
フランクミュラーは1991年に創業した新しいブランドのひとつですが、天才時計師の比類なきセンスが、アールデコを現代という時代に合わせ見事に花開かせたのです。
③ジャガールクルト
出典:https://www.jaeger-lecoultre.com/jp/jp/chronicles/amanda-seyfried-and-reverso.html
ジャガールクルトを代表するタイムピース、レベルソも、アールデコの美をそのまま受け継ぐ芸術的なデザインです。
すっきりとしたレクタングルケースには象徴的な3本のライン「ゴドロン装飾」が入り、くるりと文字盤をひっくり返せるという実用性もアールデコらしさのひとつ。
幾何学的な繊細さとシンプルな直線が造り出す、無駄のない稜線の美しさは、マンハッタンの古き良きビル群にも似て、レトロモダンの極致と言えます。
ベルベットを思わせる深みを帯びたカラー使いも、またアールデコの美しさを今に継承するものです。
まとめ
アールデコは腕時計という「機械」に装飾品という価値を持たせ、レクタングルやトノーなど幾何学的な美を取り込んだ重要な装飾芸術です。
レトロなヨーロッパ、そして古き良きニューヨーク・マンハッタンのモダンで豪奢な雰囲気が、今も手のひらサイズの腕時計に息づいています。
カルティエやジャガールクルトのような老舗の定番モデルはもちろん、フランクミュラーのような現代に登場したブランドに至るまで、アールデコは今もデザインの中で生きています。
レトロで、モダンで、ラグジュアリー。そして洗練されたアールデコのタイムピースは、お手元を輝かせる1本に相応しいアートです。
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この記事を監修してくれた時計博士
安 寧実(AN NINGSHI)
中国吉林省の出身で中国語と韓国語が母国語。
日本語学校で1年半日本語を勉強し、専門学校では英語を専攻。卒業後、羽田国際空港のロレックス正規店に勤務し、2018年7月からGINZA RASINで勤務。中国語、韓国語、日本語、英語の4か国語に精通。時計業界歴10年。