
2006年、台東区の小さなオフィスで始まった輸入時計の卸売業が、20年後に銀座を代表する時計店へと成長を遂げました。
時代の変化を敏感に感じ取り、ここぞという瞬間に決断を重ねてきた20年。そしてその節々には、スタッフ、お客様、パートナー企業——数えきれない人との巡り合いがありました。
創業者である穴井社長へのインタビューをもとに、GINZA RASINの20年を振り返ります。
目次
2006年7月。
株式会社羅針は、東京・台東区の小さなオフィスから産声を上げました。
当時の事業は、香港やシンガポール、ヨーロッパなど海外から新品時計を輸入し、日本国内へ卸す一方、日本で仕入れた中古時計を海外へ輸出する卸売業。現在のGINZA RASINの姿からは意外に思われるかもしれませんが、その原点はBtoBビジネスにありました。
まだ会社としての実績もないなか、海外の取引先を開拓し、国内外の時計業者との信頼関係を積み重ねていく日々。創業当初は、事業基盤を築く時代でした。
しかし、この頃から穴井社長の中には一つの考えがありました。
“「時計は単なる商品ではなく、人との信頼で流通するもの。」 “
その考えは20年経った今も、GINZA RASINの企業姿勢として受け継がれています。
創業した2006年は、日本経済が長い停滞から回復し始めた時期でもありました。
景気回復への期待が高まり、高級腕時計市場にも徐々に活気が出始めていました。
一方で世界では、中国をはじめとするアジア市場が急速に成長し、高級時計の需要は国境を越えて拡大していきます。
そうした時代の流れを背景に、株式会社羅針は海外とのネットワークを武器に事業を広げていきました。
当時はまだ店舗もありません。
後にGINZA RASINが小売業へ大きく舵を切ることになりますが、その土台となったのは、この卸売時代に新品の販売で培われた国際的な仕入れ力と相場を見る目でした。
世界中のマーケットを相手に取引を続けた経験は、時計の価値を見極める確かな力となり、後の成長を支える大きな財産となっていきます。
そして創業から約2年。
会社は最初の大きな決断を迎えます。
舞台を銀座へ移し、お客様と直接向き合う新たな挑戦が始まろうとしていました。
| 2006年7月|株式会社羅針を設立 |
| 2008年12月|本社兼ショールームを東京都中央区銀座に移転・ウェブページ開設 |
| 2006年3月|【経済】日銀「量的緩和政策」解除 |
| 2006年7月|【経済】日銀「ゼロ金利政策」解除 |
| 2006年11月|【経済】いざなみ景気が戦後最長を記録 |
| 2007年4月|【時計】 パテック フィリップの「アクアノート」が誕生10周年を迎え、現在に繋がるデザイン(Ref.5167)へと刷新される。 |
| 2007年4月|【時計】 ロレックスが耐磁時計「ミルガウス(Ref.116400)」を約20年ぶりに復活。 |
| 2008年4月|【時計】 バーゼルワールド(当時の世界最大の時計見本市)にて、ロレックスが3900m防水を誇る巨大なダイバーズウォッチ「シードゥエラー ディープシー(Ref.116660)」を発表。 |
| 2008年9月|【経済】 米大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻(リーマン・ショック)。 |
2008年。
株式会社羅針にとって、この年は創業以来最大の転機となりました。
世界を揺るがした金融危機――リーマンショックです。
海外との輸出入を中心とした卸売事業は、世界的な景気後退の影響を真正面から受けました。国内外の取引先では買い控えが広がり、それまで順調だった卸売事業は急速に厳しい局面を迎えます。
しかし、この未曾有の危機は、会社の進むべき方向を見つめ直すきっかけにもなりました。
“業者間の取引きだけではなく、お客様一人ひとりと直接向き合う仕事をしよう。”
卸売市場が停滞するなか、会社は新たな可能性を模索します。
その答えが、一般のお客様へ直接販売するBtoC事業への挑戦でした。

【写真】リヨンビル8階のショールーム(2009年)
銀座8丁目のリヨンビル8階に構えたショールームは、決して目立つ場所ではありません。
エレベーターを降りた奥に店舗があり、外から見える看板もありません。
現在のようなECサイトでもなく、買い物かごの機能すら備えていませんでした。
時計雑誌に掲載した電話番号を見て問い合わせをいただき、「時計を見てみたい」というお客様だけが訪れる、まさに知る人ぞ知るショールームでした。
この経験が、GINZA RASINというブランドの原点になります。

【写真】リヨンビル8階のショールーム(2009年)
まだ知名度のなかった頃にもかかわらず、このショールームには全国から時計愛好家が訪れました。
九州から飛行機で来店される方や海外の外交官、企業経営者、政治家の先生など。
あるいは時計仲間から紹介を受けて訪れるコレクター。
店舗に訪れる人々に共通していたのは、「時計が好き」という強い思いでした。
電話で時計の話をしているうちに会話が盛り上がり、
「時計に詳しいね?一度お店へ行ってみたい。」
そう言って来店してくださるお客様も少なくありませんでした。
現在も続く「スタッフが丁寧に接客する」というGINZA RASINのスタイルは、この頃に形づくられていきました。

【写真】リヨンビル8階のショールーム(2009年)
当時の店頭には、現在のようにロレックスが沢山並んでいたわけではありません。
むしろ力を入れていたのは、パテックフィリップやオーデマピゲなどは今ほどの評価を得ていない時代にあって、あえて珍しい品揃えを展開していました。
その理由は、小さな会社だからこその戦略でした。
市場ではまだ十分に評価されていなかったモデルを仕入れ、自社で販売する。
その積み重ねによって利益を確保しながら、独自の品揃えを築いていきました。

【写真】リヨンビル8階のショールーム(2009年)
リーマンショックが世界経済を大きく揺るがした一方で、日本国内では想像以上に時計を求めるお客様が存在していました。
海外市場で売れなくなった新品ロレックスが急激な円高により日本へ大量に流入し、業者から「買ってほしい」と持ち込まれることが続き、サブマリーナーが一日に何十本も入ってくるような状況でした。
その時GINZA RASINでは、新品ロレックスを自身の店舗で売るにはまだ知名度もなく時間がかかりすぎるため取引先へ卸販売していました。
当時はまだ卸売りの売上げの方が大きかった時代でした。
そのような状況の中、卸売りでは価格が合わず残っていたパテックフィリップの複雑時計を「どこにも卸せないなら店頭に」と置いたところ、「安いですね」と言いながら個人のお客様が買っていくようなことがありました。
どんな経済状況でも個人のお客様が時計を買っていく、そんな小さな手応えが次の時代への伏線となっていくのです。
この経験は、穴井社長に一つの確信を与えます。
“時計の需要は景気だけで決まるものではない。本当に価値ある時計には、どのような時代でも必ず求めている人がいる。 “
この確信こそが、その後も幾度となく訪れる市場の変化を乗り越える原動力になりました。

会社名である「羅針」は、「業界の羅針盤となる存在でありたい」という創業時の想いから名付けられました。
ブランド名を考える際、「RASHIN」と表記するとロゴ全体のバランスが崩れることから、あえて”H”を省き、「RASIN」と表記することを選択。
「GINZA」と並べた時の美しさまで考え抜いたデザインには、ブランドとして長く愛される存在でありたいという創業時のこだわりが込められています。
| 2008年12月|銀座移転・小売買取事業開始 |
| 2009年2月|Webサイトを開設、通信販売を本格開始 |
| 2009年3月|楽天市場店オープン |
| 2009年|【時計】創業170周年となるパテック フィリップが独自の「パテック フィリップ・シール」を創設 |
| 2010年|【時計】ロレックスが「サブマリーナー デイト(Ref.116610LN)」を発表 |
| 2010年|【経済】中国のGDPが日本を抜き、世界第2位の経済大国へ |
| 2010年〜2011年|【経済】ギリシャ・ショックに端を発する「欧州債務危機」の深刻化 |
| 2011年8月|【経済】米国債ショック(米国債の歴史的格下げ) |
2011年。
GINZA RASINは、大きな挑戦を迎えます。
ビルの8階のショールームから、念願だった1階路面店への出店です。
現在の銀座本店となる店舗は、銀座の大通りから入った路地の割に多くの人が行き交う場所。しかし当時は、まだ知名度の高くなかったGINZA RASINにとって、その場所へ出店すること自体が大きな壁でした。
中古時計を扱う店舗ということもあり、物件オーナーから理解を得るのは決して簡単ではありませんでした。
それでも何度も交渉を重ね、ようやく2011年2月、念願の契約までたどり着きます。
ようやくつかんだ路面店出店への切符。
しかし、そのわずか1か月後、日本を未曾有の災害が襲います。
2011年3月11日。
東日本大震災が発生しました。
新店舗は契約は済んでいたものの、まだ内装工事も始まっていない状態でした。
一方、営業中だった銀座8丁目のショールームでは、ビルの8階という高さもあり、建物全体が大きく揺れました。
多くの企業が設備投資や新規出店を見送るなか、GINZA RASINも大きな決断を迫られます。
世の中は自粛ムード一色。
それでも、契約を交わした責任、そして未来への希望を信じ、予定どおり出店する道を選びました。
その決断は、後に会社の歴史を大きく動かすことになります。

【写真】オープン時のGINZA RASIN本店(2011年)
震災から約2か月後の2011年5月。
GINZA RASIN初の路面店がオープンしました。
これまでのショールームは、GINZA RASINを知っている人のみが訪れるような場所でした。
一方、路面店は違います。
銀座を歩く人が自然と足を止め、ショーウインドーを眺め、そのまま店内へ入ってくる。 GINZA RASINという名前をそこで初めて知る人も多かったです。
「時計店」として街の景色の一部になったことで、GINZA RASINは初めて銀座に足を運ぶ多くのお客様と出会うことになります。
当時は震災直後の自粛ムードが続いていましたが、予想に反して来店客は少しずつ増えていきました。
穴井社長は、その経験から「時計市場は景気だけではなく、お客様が将来にどれだけ安心感を持てるかにも左右される」と実感したといいます。
路面店のオープンとともに、GINZA RASINがもう一つ大切にしてきたことがあります。
それは、
「中古品を、新品以上の満足感でお届けすること」。
当時、中古時計には「傷があるのは当たり前」「中古だから仕方がない」というイメージが残っていました。
しかしGINZA RASINは、その常識を変えたいと考えていました。
店舗づくりも、商品ディスプレイも、接客も、ラグジュアリーブランドの正規店に引けを取らない品質を目指しました。

【写真】オープン時のGINZA RASIN本店(2011年)
その考えを象徴する出来事が、2012年のメンテナンス専門部門の設置です。

時計は販売して終わりではありません。
仕入れた一本一本を丁寧に点検し、磨き上げ、最高の状態でお客様へ届ける。
「中古だから仕方ない」という妥協をなくし、「中古なのにここまできれいなのか」という驚きを提供する。
この品質へのこだわりは、現在まで続くGINZA RASINの大きな強みとなっています。
銀座一階への出店は、単なる店舗移転ではありませんでした。
それは、GINZA RASINというブランドがお客様から選ばれる存在へと成長するための大きな一歩でした。
銀座という街で認知を広げ、品質への信頼を積み重ね、リピーターが増えていく。
この時期に築いたブランド力が、その後のEC事業の拡大やロレックス専門店の開設など、次なる成長へとつながっていきます。
| 2011年5月|銀座一階路面店(現・銀座本店)オープン |
| 2012年|メンテナンス専門部門を設置 |
| 2011年10月|【経済・IT】米アップル共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏が死去 |
| 2012年3月|【時計】ロレックスがバーゼルワールドにて完全新作「スカイドゥエラー(Ref.326938など)」を発表 |
| 2012年3月|【時計】チューダー(チュードル)が「ヘリテージ ブラックベイ」を発表 |
| 2012年5月|【経済】米フェイスブック(現Meta)がナスダック市場に株式上場(IPO) |
| 2012年10月|【時計】パテック フィリップが上海に「メゾン・パテック フィリップ」をオープン |
| 2012年12月|【経済】第2次安倍内閣が発足、「アベノミクス」の始動 |
2012年以降、日本経済は少しずつ明るさを取り戻していきます。
新政権による経済政策、いわゆる「アベノミクス」を背景に株価は上昇し、消費にも活気が戻り始めました。
高級時計市場にもその流れは波及し、資産価値を持つ時計への関心が徐々に高まっていきます。
GINZA RASINもまた、この市場の変化を敏感に感じ取りながら、新たな成長への布石を打ち始めていました。

実店舗で培った信頼を全国のお客様へ届けるため、GINZA RASINはEC事業の強化に力を注ぎます。
2009年に楽天市場へ出店したのに続き、2014年にはYahoo!ショッピングへも出店。販売チャネルを広げることで、銀座まで足を運べないお客様にも時計を届けられる環境を整えていきました。
当時はまだ、高額な腕時計をインターネットで購入することに不安を感じる方も少なくありませんでした。
だからこそ、商品写真の品質、状態説明の正確さ、問い合わせへの迅速な対応など、「実店舗と変わらない安心感」を届けることを徹底しました。
その積み重ねは、楽天市場「SHOP OF THE YEAR」やYahoo!ショッピング「Best Store Award」をはじめとする数々の受賞へとつながり、EC運営の品質が客観的にも高く評価されるようになりました。(受賞歴はこちら)
店舗とEC。
どちらか一方ではなく、双方が相乗効果を生み出す販売体制が、この頃に形づくられていきました。

【写真】ロレックスコスモグラフデイトナ116500LN(2016年)
2016年頃から、高級時計市場には大きな変化が現れ始めます。
ロレックス・デイトナの新型「116500LN」の発表をきっかけに、スポーツモデルの人気は急速に高まり、定価を上回る価格で取引されるモデルも増えていきました。
穴井社長は、その変化を誰よりも早く感じ取っていました。
市場の追い風を確信したGINZA RASINは、「ロレックス専門店「銀座ナイン店」をオープンという大きな決断を下します。

【写真】オープン当初のGINZA RASIN 銀座ナイン店(2018年)
2018年8月。
銀座本店の向かい側に、ロレックス専門店「銀座ナイン店」をオープン。
それまで本店で取り扱っていたロレックスを専門店へ集約し、本店にはその他のブランドを展開しました。
ブランドごとの魅力を最大限に引き出す店舗構成へと進化させました。
当時としては珍しかった「ロレックスだけをこれほどまでに揃えた専門店」は、多くの時計ファンの注目を集めます。

【写真】オープン当初のGINZA RASIN 銀座ナイン店(2018年)
実際に、お客様は「ここなら探している一本が見つかる」という期待を持って来店されるようになりました。
豊富な在庫が新たなお客様を呼び、その来店がさらに販売につながる。
GINZA RASINは、市場の流れを読み、品揃えという強みを最大限に生かした店舗づくりで、大きく飛躍していきます。
この時期を振り返ると、GINZA RASINは決して流行を追いかけていたわけではありません。
リーマンショックで価格が下がった時代も、時計市場を見続けていたからこそ、その変化をいち早く捉えることができました。
「今、何が求められているのか。」
「これから何が求められるのか。」
市場を読み、お客様の期待を先回りして応えていく。
その積み重ねが、GINZA RASINを銀座を代表する時計専門店へと成長させていったのです。
| 2014年5月|Yahoo!ショッピングへ出店 |
| 2016年7月|本社拡張のため銀座8丁目へ増床移転 |
| 2017年10月|買取り専門サロンを本社ビル内にオープン |
| 2018年8月|ロレックス専門店「銀座ナイン店」オープン |
| 2019年1月|楽天市場にて「楽天ショップ・オブ・ザ・イヤー」受賞 |
| 2013年4月|【経済】日本銀行が「異次元の金融緩和」を導入 |
| 2015年4月|【IT・時計】初代「Apple Watch」が発売 |
| 2015年|【経済】訪日外国人による「爆買い」が社会現象に |
| 2016年3月|【時計】ロレックスが新型デイトナ「Ref.116500LN」を発表 |
| 2016年6月・11月|【経済】「ブレグジット(英国のEU離脱)」と「トランプ米大統領誕生」 |
| 2017年10月|【時計】「ポール・ニューマン」のデイトナが約20億円で落札 |
| 2020年初頭〜|【社会・経済】新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的パンデミック |
2020年。
世界は再び、大きな転換点を迎えます。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、人々の暮らしは一変しました。
銀座の街から人影が消え、百貨店や飲食店は営業を制限され、多くの企業が先行きの見えない不安に直面します。
GINZA RASINも例外ではありません。
創業以来、何度も市場の変化を経験してきたGINZA RASINにとっても、誰も経験したことのない危機でした。
しかし、このとき会社が最優先に考えたのは、売上ではありませんでした。
スタッフの安全を守り、お客様に安心して利用していただける環境を維持すること。
そのために感染対策を徹底し、できる限り通常のサービスを継続していきました。
外出自粛が続く一方で、大きく伸びたのがECでした。
これまで高額な時計は店舗で実物を見て購入することが一般的でしたが、コロナ禍をきっかけに、お客様の価値観は大きく変化します。
外出自粛で実物を見ることが難しい状況でも、信頼できる店舗であればオンラインで購入しても良いという人が増え始めたのです。
そうした購買行動がこのコロナ禍で急速に広がっていきました。
GINZA RASINが長年積み重ねてきた商品の品質、正確なコンディション表示、丁寧な問い合わせ対応。
実店舗で培ってきた信頼が、そのままECでの安心感につながり、オンライン上に存在する多くのお客様にも選ばれる理由となりました。

【写真】サブマリーナーデイト126610LV。初代グリーンサブを彷彿とさせる「黒文字盤×緑ベゼル」へと回帰(2020年)
2020年の夏以降、高級時計市場は思いもよらない変化を迎えます。
世界各国で大規模な金融緩和が行われ、資金が実物資産へ流入。
ロレックスをはじめとする人気モデルは急激に価格を上げ、「時計は資産価値を持つ」という認識が一般にも広く浸透していきました。
ロレックス専門店を展開し、豊富な在庫を確保していたGINZA RASINにとって、この市場の変化は大きな追い風となります。
しかし、それは偶然ではありませんでした。
リーマンショック以降、市場を見続け、時計の価値を信じてきたからこそ、その波をつかむことができたのです。
2021年。
会社はもう一つの大きな決断を下します。
国内投資ファンドであるアント・キャピタル・パートナーズとの業務・資本提携です。
創業以来、穴井社長を中心に意思決定を行ってきた組織は、この提携を機に大きく変化していきます。
部門ごとの責任体制。
店長や部門長への権限委譲。
若手社員から役職者への抜擢
評価制度の整備。
会社が次の成長を続けるためには、「社長一人が強い会社」ではなく、「組織全体が強い会社」へ進化する必要がありました。
この変革は、単なる資本提携ではありません。
20周年を迎えるGINZA RASINが、組織として次の20年へ向かうための第一歩でもありました。

【写真】銀座8丁目の銀座中央通り店(2022年)
組織力と資金力を得たGINZA RASINは、店舗展開を加速させます。
2022年には銀座中央通り店をオープン。
穴井社長は、この出店を振り返り、こう語ります。
そして続く2023年には大阪・心斎橋店をオープン。

【写真】御堂筋沿い1階の大阪・心斎橋店(2023年)
2025年には新宿店をオープンし、GINZA RASINというブランドは銀座の街から新たなエリアへと広がっていきます。

【写真】新宿駅からほど近い新宿店(2025年)
振り返れば、リーマンショックも東日本大震災も、そしてコロナ禍も、GINZA RASINにとって決して望んだ出来事ではありませんでした。
それでも、その都度立ち止まることなく、「今できる最善」を積み重ねてきたことが、会社を次の成長へ導いてきたのです。
| 2021年11月|アント・キャピタル・パートナーズと業務・資本提携 |
| 2022年2月|銀座中央通り店オープン |
| 2023年12月|大阪心斎橋店オープン |
| 2025年1月|新宿店オープン |
| 2021年〜2022年2月|【時計・経済】供給不足と旺盛な需要を背景に、高級時計市場は歴史的な過熱局面を迎える |
| 2022年2月|【社会】ロシアがウクライナへ軍事侵攻を開始 |
| 2022年3月|【時計】スウォッチとオメガのコラボモデル「ムーンスウォッチ」発売 |
| 2022年春〜2023年|【経済・時計】【経済・時計】米FRBの急速な利上げを受け、高級時計市場は調整局面へ |
| 2022年12月|ロレックスが認定中古プログラム(RCPO)を開始 |
| 2023年8月|【時計】ロレックスが世界最大級の時計宝飾店「ブヘラ(Bucherer)」を買収 |
| 2024年2月〜3月|【経済】日経平均株価がバブル期超え&日銀がマイナス金利解除 |
| 2025年1月|【経済】米第2次トランプ政権が発足、関税政策をめぐる不透明感が高まる |
| 2025年10月|【経済】日経平均株価が史上初の「5万円」を突破 |
| 2025年春|【時計】ロレックスの「ランドドゥエラー」など、新時代の名作が登場 |
2024年。
GINZA RASINは、新たなステージへ歩みを進めます。
東証プライム上場のヨンドシーホールディングスグループの一員となり、企業としてさらなる成長を目指す新たな一歩を踏み出しました。
海外との卸売事業から始まった小さな会社は、銀座を代表する時計専門店へと成長し、複数の実店舗とECを展開する企業へ発展しました。
しかし、会社の根底にある考え方は、創業当時から変わっていません。
「お客様に、本当に良い時計を届ける。」
その想いを愚直に積み重ねてきた20年でした。
経営環境が変わっても、変わらないもの
上場企業のグループ会社となったことで、ガバナンスの強化や経営基盤の充実など、多くの変化が生まれました。
経営管理体制はより強固になり、新たな知見やノウハウも加わりました。
一方で、お客様と向き合う姿勢まで変わることはありません。
企業として成長しても、GINZA RASINが目指すものは規模だけではありません。
目指しているのは、「大きな会社」ではなく、「良い会社」であり続けることです。
「ビッグカンパニー」ではなく、「エクセレントカンパニー」へ
穴井社長は、会社の未来について語るとき、「ビッグカンパニー」という言葉をほとんど使いません。
代わりに口にするのは、「エクセレントカンパニー」という言葉です。
規模の拡大だけを求めるのではなく、お客様から選ばれ続ける企業であること。
“一本の時計との出会いをきっかけに、買うときも、売るときも、その後のメンテナンスも、長くお付き合いいただける関係を築いていくこと。”
それこそが、GINZA RASINが大切にしてきた価値です。
会社の財産は、店舗でも在庫でもありません。
20年間のなかで築いてきた、お客様との信頼こそが、何よりの財産なのです。
20年間を振り返るなかで、穴井社長は何度も「運が良かった」という言葉を口にします。
リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍…。
決して順風満帆な20年ではありませんでした。
それでも、その時々で良い物件と巡り合い、良い仲間に恵まれ、良いお客様とのご縁をいただいてきた。
「ここまで来られたのは、私たちだけの力ではありません。業界全体が成長してきたこと、良いタイミングで良いご縁に恵まれたこと、そして何より、支えてくれた社員やお客様のおかげです。本当に運が良かったと思っています。」
穴井社長しかし、その言葉には続きがあります。
「ただ、運は待っているだけではつかめません。追い風もあれば、向かい風もある。大切なのは風向きを見極めることです。時には待ち、時には逆風の中でも一歩を踏み出す。その判断を大切にしてきました。」
穴井社長2006年、台東区の小さなオフィスから始まった株式会社羅針。
卸売業からスタートし、銀座への移転、小売事業への進出、EC事業の拡大、ロレックス専門店の開設、そして全国への店舗展開へ。
その歩みは、常に時代とともにありました。
変化を恐れず、時代の転機を成長の機会へ変えてきた20年。
振り返れば、その判断の中心には、いつもお客様の存在がありました。
もっと安心していただくために。もっと喜んでいただくために。
その積み重ねが、お客様の満足につながり、変化を受け入れながら一歩ずつ進化を続けてきました。
そしてこれからも、お客様、社員、お取引先様をはじめ、GINZA RASINに関わるすべての人とともに成長し、その先にある幸福を分かち合える企業でありたいと考えています。
これからも一本一本の時計と真摯に向き合いながら、新たな歴史を刻んでまいります。
大きな節目となる周年を記念し、これまで支えてくださったお客様、ユーザー様、全ての方への感謝を込めて「7大キャンペーン」を実施!
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