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セイコーホールディングスが社名変更!2022年、セイコーはどう変わる?

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「常に時代の一歩先を行く」「良品は必ず需要者の愛顧を得る」。

セイコー創業者の服部 金太郎氏が遺したこれらの精神性は、今なお同社のプロダクトやブランディングに如実に現れています。

国産の時計産業を牽引し続けてきたセイコーが、今や世界各国でそのファンを増やし続けているのは、こういった精神性が息づいてきたがゆえでしょう。

そんなセイコーが15年ぶりに社名を変更しました!

社名変更にかかる、セイコーの思惑とは?社名変更を機に、セイコーはどう変わる?

この記事では、セイコーの社名変更の詳報と近年の同社について、ウォッチ事業を中心にご紹介していきます。

 

セイコーホールディングスが「セイコーグループ」へと名称変更を発表

セイコーホールディングスは2022年5月10日、同年10月1日より社名をセイコーグループへと変更する旨を発表しました。

セイコーからセイコーホールディングへと社名が変遷したのは2007年のこと。じつに、15年ぶりの改定となります。

ちなみにセイコーと言うと時計事業がまずイメージされるかもしれませんが、セイコーホールディングスは持株会社で、各種電子デバイスやシステムソリューションなどといった事業会社を多岐に渡って抱えています。

日経新聞の報道によると、現セイコーホールディングスの代表取締役社長・高橋 修司氏は今回の社名変更の狙いを、「グループの総合力を強化・発展させ、それぞれの経営資源を相互に有効利用したい」と語っていると言います。

これまではセイコーウォッチやセイコーインスツル、セイコーNPC等、各社がそれぞれで事業展開を行い、収益を伸ばしてきました。しかしながらこの度セイコーグループへと社名を変遷させることを機に、各種事業の結束をいっそう強め、相乗効果を発揮し、開発力やブランド価値の向上を目指すとのことです。

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さらに同時発表された中期経営計画では、6月には主要事業会社の社長が持ち株会社の取締役を兼務し、グループ経営を強化すること。また新会社を設立し、新会社・各事業会社が連携してヘルスケアや社会インフラ、環境分野などの新事業を創出すること。システム開発子会社の人材を各事業会社に派遣させ、各所でデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進していくことなどが併せて述べられています。

 

なお、セイコーの2022年3月期(2021年4月1日~2022年3月31日)の業績は売上高が2373.82億円と前期比17.1%増、営業利益は87.70億円と前期比3.9倍になりました。

セイコーはウォッチ事業を中心にグローバル展開を促進しており、海外市場でのシェアを大きく伸ばしています。一方でスイスの各時計ブランドがコロナ前に当たる2019年の売上を上回る中、セイコーは2021年にはここまでには至らず。ウォッチ事業の売上高は1,257憶円と前期比19.7%増である一方で前々期比では7.2%の減との結果になっております。

セイコーではグループ内での結束を強めることで、売上高にもポジティブな効果を発揮することを狙っているのでしょう。

 

ちなみに各事業の結束を強め、開発力向上を実現した好例が既に存在しています。それはセイコーウォッチ事業の最上級ブランド・グランドセイコーが2022年の新作モデルとして打ち出したKodo(鼓動)です。

グランドセイコー 2022年新作 SLGT003

出典:https://www.grand-seiko.com/jp-ja/collections/slgt003

2022年3月、グランドセイコーは初めてスイス ジュネーブで開かれた時計新作見本市Watches & Wonders Geneveに参画しました。

※Watches & Wonders Geneveはもともと同地で開催されていたSIHH(ジュネーブサロン)に、ロレックスやパテックフィリップ、ウブロにタグホイヤーなどといった時計ブランドが参画して2021年4月より始まった新作見本市です。
グランドセイコーはバーゼルワールドには参加していましたが、2022年よりWatches & Wonders Geneveにも名を連ねることとなりました。

 

この場で発表されたKodo、他の大手人気ブランドの絢爛たる新作モデルと比べても、いっそうの輝きを放っていたと個人的には思います。

ではKodoがどういった時計かと言うと、コンスタントフォースとトゥールビヨンを世界で初めて同軸上に一体化して組み合わせたコンプリケーション(複雑時計)です。

コンスタントフォースは機械式時計の駆動力となるゼンマイにフォーカスしており、その巻き上げ量にかかわらずトルク(回転力)を一定にするための機構です。トゥールビヨンは時計の精度(正確性)に影響を与える姿勢差を解消するための機構です。

グランドセイコー 2022年新作 SLGT003

出典:https://www.grand-seiko.com/jp-ja/collections/slgt003

どちらもコンプリケーションと呼ばれる超複雑精緻な機構となり、製造するだけでコストと高い技術力を擁する手法です。しかしながらグランドセイコーでは創業者・服部 金太郎氏の精神「良品は必ず需要者の愛顧を得る」が今なお息づきます。時計の正確性を常に突き詰めてきたグランドセイコーだから、世界初の機構に挑み、見事プロダクトとして市場に送り込むことができたのでしょう。

ちなみにKodoの名称は、コンスタントフォースとトゥールビヨン(厳密には内部のテンプ)が奏でるカチカチカチ・・・という心地よい音色から由来しています。

定価は4400万円、20本の限定生産となかなか一般市場に出回る代物ではありませんが、実用時計を主力商品に、これまであまり奇抜な機構を手掛けてこなかったセイコーグループの「これから」を感じさせる、大いなる発明です。今後、グランドセイコーが国内のみならず海外市場でさらなる成長を遂げ、コンプリケーションを始めとした華やかなウォッチを得意とする海外ブランドとさらに競争していくことをKodoで示唆しているように見受けられます。

Kodoの開発に当たり、セイコーウォッチのみならず電子部品の技術も活用されたと言われており、グループ内連携が深化することでセイコーウォッチにも革新が起きていくことが見込まれます。

時計愛好家としては、今後のセイコーが楽しみでなりません。

 

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セイコーってどんな時計ブランド?歴史と魅力

社名が変わり、ますますの進化を遂げているセイコーホールディングス。本項では、セイコーの根幹となるウォッチ事業に目を向け、どのようなブランドなのかを解説いたします。

 

もともとセイコーは服部時計店としてスタートし、国内の時計市場を牽引してきた立役者です。

創業は1881年。創業者は何度か言及しているように服部 金太郎氏です。

東京 京橋に時計店を開設した折は中古時計の修繕・輸入販売を手掛けていましたが、1887年に銀座4丁目へ移転(現和光)。さらに1892年、東京 墨田区に時計製造工場として「精工舎(せいこうしゃ)」を設立しました。

 

1892年というと、日本では明治時代に当たります。

日本は「時間」においても独特の文化を辿ってきました。と言うのも江戸時代の時刻制度は不定時法に則っており、季節によって昼と夜の長さ、一時の長さは流動的。欧州では機械式時計の発明によって定時法の概念が普及したと言われていますが、日本では機械式時計輸入後も、むしろ機械式時計の方を不定時法に合わせて製造するという試みがなされました。この日本独自の機械式時計を「和時計」と称します。

※和時計の最高傑作と名高い「万年時計」

 

しかしながら明治期に入ると各種制度が近代化され、1日を24時間とする定時法が導入されます。ちなみに今でこそ日本人は時間に厳しいと言われますが、定時法によって「時」が整備される以前の時代はむしろゆったりとしていたことが知られています。

定時法が導入されるとともに様々な産業が西洋化・近代化され、鉄道や郵便、あるいは時間規則を厳格にした学校や軍隊が設立されます。こういった流れにおいて標準的な時間の価値が人々の間で増しましていったのでしょう。

なお大正時代に入った1920年、「時間をきちんと守ることで生活の改善・合理化を図る」ことの浸透を目的に、時の記念日が制定されました。

この時の記念日は6月10日で、時間が人々に根付いた今でこそ意義は薄くなっているかもしれませんが、「時」に関連する各種施設や事業所ではこの日に合わせて様々な取り組みがなされています。

 

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このように定時法による時間管理が当たり前となっていく中で、日本では機械式時計の輸入が盛んになっていきます。時代のニーズを見越して、服部 金太郎氏も時計商人を志したのでしょう。

国産時計の製造もじょじょにスタートしていきますが、精工舎の設立によって国産時計産業は本格的に花開いていくこととなります(ライバル企業として名前が挙がるシチズンは1917年創業)。

精工舎は1895年にセイコー初となる懐中時計「タイムキーパー」を、1913年には国産初の腕時計「ローレル」をリリースしました。

初の国産腕時計「ローレル」

出典:https://www.seikowatches.com/jp-ja/special/heritage/

ちなみに当時はまだクロック・懐中時計が主流でした。腕時計が一般ユーザーに普及していったのは、第一次世界大戦がきっかけと言われています。人類史上初の総力戦となった第一次世界大戦によって人々は標準時間の必要性や、合理的・利便性の高いプロダクトである腕時計に価値を見出していったのですが、その前夜となる1913年に既にローレルを製造スタートさせていたセイコー。まさに「常に時代の一歩先へ行く」ことを理念としていたがゆえでしょう。

 

その後1923年に関東大震災によって社屋や工場も被災しますが、1924年12月に腕時計の販売をスタート。精工舎創業当時に志していた「精巧な時計を創る」という思いを込めて、時計の文字盤に「SEIKO」のロゴを冠し、ブランドとしてセイコーを立ち上げることとなりました(これまでは製品ごとにブランド名を付けていた)。

第二次世界大戦の戦禍を経て後、セイコーはいよいよ黄金期を迎えます。

1956年には国産初の自動巻き腕時計「オートマチック」を発売。余談ですが自動巻き腕時計とは、搭載するローターの回転力を利用してゼンマイ巻き上げを行う機構です。今でこそ大きなシェアを占める当機構ですが、かつてはリューズを使ってゼンマイ巻き上げを行う「手巻き」がスタンダードでした。
しかしながら1920年代から自動巻きシステムが開発され、1931年にロレックスが改良。さらに1950年代に入るとゼンマイの巻き上げ効率をいっそう向上させた自動巻きモデルがいくつか開発されますが、セイコーもこの技術改良の立役者の一人です。

1959年に「マジックレバー式」と呼ばれるローターのゼンマイ巻き上げ手法を開発しますが、この機構は今なおセイコー製品で現役活躍しています。

 

1960年にはセイコーの最上位ラインとなり、国産初の高級時計にして最高峰の精度を誇るグランドセイコーが諏訪精工舎(後のセイコーエプソン)から生み出されます。その翌年には同じく高級ラインとなるキングセイコーが第二精工舎(亀戸)から生み出されました。

グランドセイコー ファースト J14070

画像:初代グランドセイコーJ14070

※第二精工舎は東京都江東区亀戸に1937年に建てられたセイコーの製造部門。第二次世界大戦中、セイコーは1944年に製造部門を長野県に疎開させたことで諏訪精工舎が立ち上がりました(厳密には下請けメーカーであった大和工業が同地でセイコーウォッチを製造しており、第二精工舎の諏訪工場と合併した形)。
戦後は諏訪・亀戸がともに競い合い、切磋琢磨する関係性によって、セイコー製品は確実に高みへと昇っていくこととなります。

 

なお、セイコーは1963年に時計の精度コンクールの国際舞台となるスイス ニューシャテル天文台コンクールへの出品をスタートさせます。

非常に厳格なことで知られるコンクールでしたがセイコーは1967年には上位をほとんど独占するまでになりました。あまりにもセイコーが入賞を総なめするので、ニューシャテル天文台ではランク付けをやめてしまったなどといった噂も存在します。

 

1969年には「アストロン」をリリース。

※初代セイコークォーツ アストロン

アストロンはクォーツ式腕時計です。クォーツ式腕時計はセイコーが市販化に成功したことをきっかけに世界的に普及していくこととなります。なぜならゼンマイで動く伝統的な機械式時計に比べて電池式のクォーツはパーツが少なく、低コストで高性能なプロダクトを大量生産しやすかったためです。

1970年代~80年代はクォーツ式腕時計のシェアが大きく伸び、またスイス機械式時計産業の不調が重なったことから、この一連の時代をクォーツショックなどと呼ぶこともあります。

 

その後機械式時計の価値が見直され、時計市場での巻き返しが行われていく中で、セイコーは必ずしも好景気を続けてきたわけではありません。1990年前後からは長期的に低迷が続き、何度も債務超過寸前に追い込まれたなどといった話も聞きます。

しかしながら「良品は必ず需要者の愛顧を得る」が企業精神の根幹にいつもあったのでしょう。

高精度で、日常に根差した高性能な腕時計を着々と製造していく姿勢はいつの時代も変わりませんでした。

とりわけグランドセイコーラインでは、世界初となる機械式×クォーツ式の良いとこどりをしたスプリングドライブや、36,000振動/時というハイビートな超高精度機械式時計を開発。さらに日本企業らしい丁寧な作り込みを強みに、「セイコースタイル」と称される、燦然と輝く高級外装を有した製品群をラインナップに加えることで、絶えまなく自社のファンを虜にし続けてきました。

ちなみに1983年に社名を服部セイコー、1997年にセイコーへと移行しております。

 

セイコー スプリングドライブ

現在では高級時計市場の成長も追い風となり、グランドセイコーを中心にクレドールやプレザージュ、プロスペックスといった各人気ラインで新作展開を積極的に行い、業績を堅調に伸ばしているのは前述の通りです。

またセイコーは近年時計メーカーがブランディングの一環で強みとしているマニュファクチュール(自社一貫製造)を伝統的に行ってきた稀有なブランド。そのため自社の時計製造ノウハウを存分に活かした独自の製品展開を実現していることも近年のセイコーの特徴の一つです。

その好例が、巧みな文字盤装飾です。

グランドセイコー ヘリテージコレクションSLGH005

一般的に時計の文字盤は真鍮製となり、ラッカー仕上げ等によってカラーリングを行います。

高級ブランドではここに装飾を施すことで見た目に美しく視認性に優れた文字盤を実現していますが、セイコーのそれはひと味もふた味も異なります。

例えば上の画像はグランドセイコーが手掛けるSLGH005ですが、通称「白樺」と親しまれています。グランドセイコーの製造拠点にあたる岩手県雫石市のグランドセイコースタジオから臨める白樺林を文字盤モチーフとして採用したデザインとなりますが、これを実現するために高度なプレス技術によって型打ちを行う、切削した後に丁寧に分厚くメッキ・塗装を施す等、非常に手間のかかる工法を経ています。

グランドセイコー以外でもセイコー プレザージュやクレドールの琺瑯文字盤,漆文字盤と、工芸品のような文字盤によって他社にはない特別な風格を持つ腕時計を世に送り出しています。

セイコー各事業会社が連携することで、今後さらに驚かされるような美しくも実用的なウォッチが開発されることに期待してしまいますね!

 

このように創業以来培ってきた高い技術力を強みに、時代の先を見据えた、ユーザーにとって良質な製品を常に提供し続けてきたセイコー。

社名変更に伴うグループ連携強化を一つのきっかけにセイコーはブランド価値を向上させつつ、変わらず私たちにとって高精度かつ高性能な腕時計を今後も届けてくれることでしょう。

 

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まとめ

セイコーホールディングスの社名変更の詳報と、セイコーについて解説いたしました!

セイコーグループとなり、グループ内連携が深化することで、いっそう魅力的なプロダクト展開を示唆するセイコー。実際にKodoのような壮麗なモデルを、あるいはレギュラーモデルとして楽しめるかも!?

今後のセイコーの動向に要注目です!

文:鶴岡

 

 

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この記事を監修してくれた時計博士

田中 拓郎(たなか たくろう)

(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN シニアマネージャー

当サイトの管理者。GINZA RASINのWEB、システム系全般を担当。スイスジュネーブで行われる腕時計見本市の取材なども担当している。好きなブランドはブレゲ、ランゲ&ゾーネ。時計業界歴12年

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