歯車が緻密に噛み合うことで時を刻む機械式時計。クォーツ時計にはない味わいや美しさを持つ代わりに、その取り扱いはどうしても繊細さを求められます。
しかしながら、意外とこの事実が知られていません。むしろ機械式時計はクォーツに比べて高価格であることから、「お高いなら、丈夫で壊れづらいでしょ?」といったイメージをお持ちの方もいらっしゃいます。
もちろん個体によっては衝撃や振動に強いものも存在しますが、ほとんどは精密機器であるがゆえ、扱い方を誤れば故障や不具合を起こしてしまうものなのです。
今回は、そんな繊細さを持ち合わせる機械式時計の扱い方において、注意したい事をご紹介いたします。また、「高額なのに、そんなに壊れやすいなら購入が心配…」という方にご安心頂くために、機械式時計購入時の保証についても併せてご紹介させて頂きます。
現在機械式時計を持っている方はおさらいとして、これから機械式時計を購入する方は予習として是非ご一読ください。
目次
高級時計だからと言って「壊れない」は誤り
「何十万、何百万とする高級時計なのだから、多少雑に扱っても壊れないだろう」
このように思われている方が意外と多いですが、高級時計は紛れもなく繊細な商品です。壊れないは誤りであり、むしろ壊れやすいとも言えます。
では、なぜ高級時計は壊れやすいのでしょか?
それは高級時計の大半が機械式時計であり、時計であると同時に『精密機器』であるためです。
機械式時計は無数の金属パーツが繊細に絡み合うことで動作する美術工芸品ともいえるものであり、高額であればあるほど内部は複雑でデリケートになっていることが多いです。
なお、近年は技術の進化により、高くて壊れにくい時計も増えています。
オイスターケースを持つロレックスやコーアクシャルムーブメントを採用したオメガ、異素材を使うことで圧倒的な耐久性を得たリシャールミルなど、機械式時計でありながらもタフな設計で作られた時計もたくさん存在します。
しかしながら、いくら壊れにくくなったとはいえ、機械式時計が精密機械であることには変わりません。
大事に扱って、故障をなるべくさせない。
単純なことではありますが、これこそが間違いなく一番大事なことです。
機械式時計の取り扱いで注意したいこと
機械式時計は精密機器。
であれば、機械式時計とどのように付き合っていけばいいのでしょうか。おっかなびっくり着用する…というわけにもいきませんよね。
機械式時計の取り扱いにおいて特に重要なのが「磁気帯び」「水のトラブル」「衝撃・振動」に対する正しい知識です。
これらは時計の修理案件においてよく見受けられる事例なので、時計をより良い状態で使い続ける為にも、よく覚えておきましょう。
また、日常での使用のみならず、腕時計を操作する時、すなわち「カレンダー切り替え」「ゼンマイ切れ」「クロノグラフの操作」においてもそれぞれ注意点があります。
こちらも合わせてご紹介致しますので、ご一読ください。
取り扱いに注意すべきポイント ①磁気帯び
機械式時計のトラブルとしてよく見受けられるのが磁気帯びです。
磁気帯びとは、身の回りにある磁気を持った物の影響で、時計に精度異常が起きてしまうことを言います。
衝撃や浸水など分かりやすい原因ではなく、気付かぬ間に起こっていることが多いです。
時計が磁気に弱い理由は時計の心臓部であるムーブメントが「金属パーツの集合体」であるからです。
細かく精密に作られたこれらのパーツはどれも磁気を帯びやすい性質を持っており、時計に磁力元が接触することでパーツが磁気帯びをします。
磁気を発する物は私たちの生活に溢れています。例えばスマートフォンやパソコン、ハンドバッグのマグネット部分、スピーカーなど多くの身の回りの家具、家電は磁気を発生させています。
このような製品の近くに時計を放置すると、精度異常や、動かなくなるといった症状が起きます。
磁気帯びに対する対策としては、磁気を持つ製品の近くに置かないことです。磁気は距離の2乗で弱くなっていくといった特性があるので、磁気の発生源から5cm以上離すようにすれば、磁気帯びになってしまう確率はぐっと下がります。
それでも「磁化してしまったかな?」と感じたら、コンパス(方位磁石)にかざしてみましょう。もしコンパスの針がグルグルと大きく動くようでしたら時計が磁化しています。
もっとも、磁力の影響が弱い場合は磁力元と時計を離すことで正常な動作を取り戻す場合があります。しかしながら精度が悪い状態が続く場合は完全に磁気帯びをしてしまったといえるので、修理店で磁気を取り除く必要があります。
ちなみに写真のような脱磁器を購入すればボタンを押すだけで簡単に磁気を抜くこともできます。
磁気帯びが心配なのであれば、こちらを買うのもオススメです。
なお、腕時計メーカー各社はこの機械式時計の「磁気帯び」への一つのソリューションとして、耐磁性能に優れた「耐磁時計」の開発を進めてきました。ロレックスであればミルガウス、オメガであればマスタークロノメーター認定機(シーマスターやスピードマスター等)、IWCであればインヂュニア、マーク16などがあります。
このような耐磁性を高めることに特化した時計は、中に磁気を防ぐインナーケースを入れたり、ヒゲゼンマイ等の内部パーツに磁気に強い材質を使用するなどして耐磁性を高めています。
取り扱いに注意すべきポイント ②水のトラブル
最近は防水性に優れるモデルが多くなってきましたが、使い方によってはどんな時計であっても大きな故障に繋がります。
よくある防水時計のトラブルの原因としては、お風呂やシャワーに時計を装着したまま入る事が挙げられます。
出典:https://www.rolex.com/ja/
どんなに防水性能が高い時計であっても、時計の構造上「熱」にはあまり強く作られてはいません。
例え深海200mまで保証されているダイバーズウォッチであっても、腕時計を付けたままお風呂に入った場合、故障する可能性が高いです。
原因としては、熱湯から出る水蒸気がムーブメント内部に進入してしまい、パーツをサビさせたり、歪ませてしまう事が挙げられます。
飽くまでも時計の防水性能は水に対してだけだと理解して、絶対にお湯には入れないようにしてください。
なお、時計をお風呂に入れるなどしてしまい、ガラスの内側に水滴が付着したご経験がある方もいらっしゃるかもしれません。これは内部に浸水した可能性がきわめて高く、すぐに修理に出した方がいいサインと思って差し支えありません。
ちなみにねじ込み式リューズの閉め忘れによって故障させてしまう方も多いです。
ねじ込み式リューズは防水性の高いモデルによく見受けられる仕様ですが、ロックをせずに水に浸してしまうと、本来の防水性能が発揮されず、簡単に水が時計内部に進入します。また、リューズのネジ部分に汚れやホコリが付着するとサビの原因となり、適切なねじ込みが行えなくなる場合もあります。ねじ込みを忘れないことと併せて、汚れが気になる時はねじ込み部分をやわらかい歯ブラシ等で掃除してあげるようにしましょう。
金属パーツが大半を占める機械式時計において水の進入は致命的な故障に繋がる為、防水性を過信しすぎず、丁寧に時計を扱うことを心がけてください。
これは、エスケープバルブにも言えることです。
※エスケープバルブ
潜水時に滞留するヘリウムガスを排出するための仕組み。手動式の場合は上の写真のように、左上側面についているものが多く、リューズ同様ここを閉め忘れると防水機能がなくなりますので注意が必要です。
さらに付け加えると、長年の使用でパッキン等の浸水を防ぐパーツが劣化し、水分が入りやすくなっている場合もあります。
防水時計といえども、水に浸けて使用するのと、全く水に浸けないで使用するのでは、時計の寿命が全く違ってくるので、極力水に入れないほうが賢明です。
取り扱いに注意すべきポイント ③衝撃によるトラブル
精密機器である機械式時計は衝撃に弱い設計です。強くぶつけたり落としたりする事で、ケースが凹んだりガラスが割れたりする、といったことはもちろん、内部機構に大きな影響を与えてしまう可能性があります。
繰り返しになりますが機械式時計は非常に細かな部品で構成されているので、大きな衝撃を与えてしまうと設計がずれてしまったり、パーツが破損してしまったり…これによって重大な不具合を誘発してしまうのです。ちなみに症状として多いのは、ゼンマイ部分が外れてしまったり「天真」という非常に細い軸の部品が折れてしまったりと言ったもの。こうなってしまってはパーツ交換が必須となり、思わぬメンテナンス費用がかかってしまいます。
また、強い振動によって時計に不具合が生じる可能性もあります。
時計を身につけながらテニスや野球などのスポーツを行うことはもってのほかですが、実は日常での些細な振動が内部機構に影響を与えることだってあるのです。
例えば転んで手を付いた。この時、時計自体は地面にぶつけなかったとしても、ブレスレットが緩いと大きく揺れ、ブレスレットそのものにも時計自体にも負荷がかかってしまいます。
振動の衝撃で部品のかみ合いが外れたり、針落ちしたり、運が悪ければ時計が止まることだってあり得るわけです。
表面上に傷がついていなかったとしても、腕の振りによる衝撃で内部に影響が出ているもこともある。これは理解してほしいところです。
ちなみにこの衝撃や振動で、外装パーツが外れてしまう事例は少なくありません。
非常に多くお預かりする外装修理としては、ウブロやIWCのプッシュボタン、フランクミュラーのバックルなどが挙げられます。
ブランドによって取れやすいパーツや不具合が起きやすいパーツは異なりますが、いずれにせよ衝撃・振動に対しての認識が緩くなっていると、時計は故障しやすくなります。
取り扱いに注意すべきポイント ④カレンダー操作
カレンダー機能付きの機械式時計には禁止時間帯と呼ばれる、日付変更をしてはいけない時間帯があります。
時計の針がその時間帯を表示している間は、歯車が日付表示を変える体制に入っているため、無理に竜頭を回して日付を変更すると歯車が欠けるなどして故障に繋がってしまう危険性があるのです。
具体的には、多くのムーブメントで夜の20時から翌朝の4時までの時間は禁止時間帯としています。ただし一部のムーブメントでは禁止時間帯が夜の20時から翌朝の8時となるので、下記の手順でお昼の12時に針を合わせてから日付を操作するのがおすすめの方法です。
①針回しで12時位置まで針を動かし、夜の12時付近を指す際に連動して日付が切り替わることを確認する(モデルにより、パチッと切り替わるものとゆっくり切り替わるものがあります)
②日付が切り替わったら、そのまま次の12時位置(正午)まで針を動かす
③その状態でカレンダー(日付)の早送り操作をする
④正しい日付になったら、時刻を現在に合わせる
※現在時刻が午前中の場合は、③で日付を前日にしてから針回しで日付を一日進め、そのまま現在時刻に合わせてください。
ムーブメントにとって安全な方法ですので、カレンダー付きの時計をお持ちの方は、是非習慣づけてみてください。
なお、似たようなタブーとして、時刻合わせの際の針の逆走があります。
時刻を反時計回りに回してしまうことで、同じように部品の劣化や欠けを起こしてしまう可能性があります。
「少しくらいであれば逆走しても大丈夫」という意見もありますが、大切な時計を守るためにも、なるべく行わないようにしましょう。
取り扱いに注意すべきポイント ⑤ゼンマイ切れ
時計が動かなくなり、手でゼンマイを巻きあげても軽くて手ごたえがないという場合はゼンマイが切れてしまっている可能性高いです。
ゼンマイ切れをおこした場合、時計を手に持って少し時計を振ってみると、秒針が数秒進んだ後に数秒逆転するという特異な現象が起こります。
原因の一つとして、特に手巻き式時計の場合、ゼンマイの巻き上げの限界である「巻き止まり」以上に巻こうとしてしまうとゼンマイが切れてしまいます
※一部自動巻きの時計にも巻き止まりがあるものもございます。
ただ上記は原因のほんの一部で、多くの場合、ゼンマイは古い新しいに関係なく、金属疲労により、ある日突然ゼンマイ切れを起こしてしまいます。
もし切れてしまった場合は、ゼンマイは消耗品であると考え、メーカーや時計店でゼンマイを交換してもらいましょう。
取り扱いに注意すべきポイント ⑥クロノグラフ操作
スタンダードな3針モデルだけでなく、クロノグラフの取り扱いにも注意が必要となります。
特に気をつけたいのがリセットボタンを押すタイミングです。
クロノグラフをスタートし、動作中にリセットボタンを押すと、部品の劣化や故障の原因に繋がります。リセットする際は、必ずストップをしてからリセットするようにしましょう。
上記の順番通りに操作を行わないと、機会内部に不具合が生じたり、時にはプッシュボタンに異常をもたらしたりもします。
正しく操作すれば故障することは少ないので、クロノグラフの使い方は必ずマスターしておきましょう!
ちなみにクロノグラフの中には「フライバック」という機能がついたものも存在します。これはクロノグラフ動作中にリセットすることでクロノグラフがゼロ位置にフライバックし、再びゼロ位置から稼働。つまり、連続計時が可能となる仕様です。フライバッククロノグラフであれば稼働中のリセットが可能ということになりますが、通常操作以上に負荷がかかります。必要な時以外は、あまり行わない方が無難です。
知っておきたい機械式時計の「保証」の種類
「取扱いについては気をつけるけど、それでも買ってすぐに何かあったら…?」
ご安心ください。高級時計を購入する場合、信頼できる時計店であれば、メーカー保証もしくは時計専門店独自の保証が付きます。
いずれも内部機械が故障した場合に無料で修理・調整を受けられる期間が設定されており、オーナーが安心して時計を楽しめるようになっています。
なお、ヤフオクやメルカリといったオークションサイトや町のリサイクルショップで購入した場合は保証がつかない場合が多いです。
その為、高級時計を購入するのであれば、口コミに優れる名の通った時計店を選ぶのがベストです。メーカーは言わずもがな。時計店でも、こういった保証をしっかり設けているところは、長くお使い頂くうえで何かあったときのメンテナンス体制もしっかりしていることがほとんどです。
ここでは時計を修理に出した際に貰える修理保証と合わせて3つの保証について解説します。
①メーカー保証
保証期間とは、正常なご使用で、内部機械が故障した場合に無料で修理・調整を受けることができる期間のことです。
保証期間はブランド、モデルによって異なります。
主要ブランドとしては、カルティエ、パネライ、ジャガールクルトなどが8年、ロレックスやオメガ、ブライトリングなどが5年、グランドセイコーなどが3年の保証期間を設定しています。
なお、通常保証期間は販売店で記入された購入日から起算されます。
国内正規店で時計を購入した場合は、その購入日から。並行店にて並行輸入新品を購入した場合は、販売店が海外業者から買い付けをした日付けから保証期間が換算されます。
※ただし並行輸入品の中にはメーカー保証対象外の商品も存在します。
保証書は再発行されませんので大切に保管してください。
②時計専門店独自の保証
並行店や中古店であれば、新品、中古問わず店舗独自の保証が付くこともあります。
店舗によって保証期間は異なりますが、中古であっても半年〜1年程の保証期間が設定されている店舗が多いです。
注意点としては、この保証は初期の機械不良および通常使用による自然故障に対する保証であること。
メーカーの保証書にも言えることではありますが、時計自体の交換や返品に関する保証ではないので注意してください。
中古時計においてはメーカーの保証書が付属しない個体も存在しますので、店舗独自の保証があることは購入する上で大きなメリットです。
保証期間内であれば無償で修理を行える為、時計を安心して使うことができます。
ただ、落としてしまったり、誤った操作によって破損させてしまった場合は有償修理になってしまうので、その点ご注意ください。
高級時計は高いから壊れない!わけではなく、高いからこそ繊細で壊れやすい、精密機器だから初期不良がある、だから保証がある。
高級時計における保証はこのような考えの元で設定されています。
気持ちよく時計ライフを送るためにも、機械式時計の性質をよく理解し、時計を丁寧に扱うのが何よりも重要です。
③修理保証
修理保証は修理をした箇所に対する保証です。何年かお使い頂くうえで、不具合を感じたり、動かなくなってしまったりした場合、メーカーや民間修理業者、あるいは購入店の提携工房でメンテナンスを受けることになります。
この保証は必ず付いてくるわけではありませんが、メンテナンス後、個体自体に修理保証が付与されることがあります。
なお、修理保証において気をつけたいのは、一度修理をしたからといって機械全体の保証をするわけではないことです。
修理した箇所とは異なるパーツに不具合が出たとしても、修理保証の対象にはなりません。
例えば時計の心臓部であるテンプというパーツを修理したとします。その際テンプの修理に伴いオーバーホールをしたとしても、修理保証の対象になるのはテンプだけです。他のパーツに不具合が出ても修理保証の対象とはならないので注意が必要です。
保証期間を延ばしたりすることもできないので、飽くまでも修理したパーツのみの保証であることを覚えておきましょう。
ただし、ロレックスなどブランドの中には正規メンテナンス後に新たに国際サービス保証書が発行し、保証期間を特別に設ける場合があります。
まとめ
精密機械でもあり工芸品でもある機械式時計は非常に壊れやすい性質を持ちます。衝撃を与えることはもちろん、水や磁気についても気をつけなくてはなりません。
また、保証に関しては内部機械が故障した場合に無料で修理・調整を受けることができる期間が設けられていますが、初期の機械不良や通常使用での故障にのみ適応される為、全て無償で修理が行われるわけではないことは知っておいてください。
丁寧に扱って、なるべく故障させない。
これを大前提に、楽しく時計と向き合っていただけたら幸いです。
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