ヒゲゼンマイって何かわかりますか?
機械式時計に精通されている方ならご理解されているかもしれませんが、大半の方は「ヒゲゼンマイ」が何なのか分からないと思います。
ヒゲゼンマイとは機械式時計の心臓部であるテンプを構成するパーツの一つであり、精度を決める重要な役割を持つ部品です。
今回はヒゲゼンマイが何なのかを詳しく解説していきますので、既にご存知の方はおさらいとして、知らなかった人は新たな知識として是非ご一読くださいませ。
https://www.rolex.com/ja/watches/rolex-watchmaking/new-calibre-3255.html
目次
①ヒゲゼンマイって何?
ヒゲゼンマイは時計の心臓部であるテンプを構成するパーツの一つであり、ヒゲゼンマイが伸縮を繰り返すことにより、時計は正確な時間を刻みます。
テンプ
上の写真は時計用語で「調速機」と呼ばれるテンプ一式です。
テンプは天針によってムーブメント本体に固定され、ヒゲゼンマイの先端にある”ヒゲ持ち”と、中心の円柱金属にはめられた”ヒゲ玉”を支点として伸縮を繰り返します。
ヒゲゼンマイが伸縮をすると、テンプは車輪のように左右に回転運動をはじめ、他の歯車やパーツに1秒間に1回針を進めさせる振動を与えます。
この振動こそが、時計の精度に繋がるわけです。
ちなみに、現在主流のテンプ振動数は「1秒間=8振動」であり、1秒間に8回左右に振れることで、正確な時間を刻むような設計が多いです。
参考記事
ざっとテンプとヒゲゼンマイの役割について説明しましたが、ヒゲゼンマイの伸縮がなければテンプは動くことができず正確な時間を刻めなくなります。
そして、一見ただの金属の糸に見えるヒゲゼンマイですが、実はヒゲゼンマイの製造は、時計製造技術のなかでも最も難しいのです。
ヒゲゼンマイは精度を決める最重要な部品となるため、どの部品よりも精密に作らなければならず、「成型する工程・熱処理を施す工程・長さの調整」に至るまで、何一つ妥協できません。
特に長さや巻きの強さには、髪の毛1本の直径の約100分の1に相当する100ナノメートルの精度が必要となります。
この精度を創り上げるためには「最高の設備」に加え、「熟練の技」が求められますので、一部のトップメーカーにしか製造できないのが現状です。
②シェア率90%以上!ニヴァロックス製のヒゲゼンマイ
現在普及しているスイス製機械式ムーブメントの大半は「ニヴァロックス・ファー社」というヒゲゼンマイ製造専門メーカーの部品が使われています。
ニヴァロックス・ファー社は時計界の最大勢力”スウォッチグループ”傘下の企業です。
現在のスイス時計業界において、ニヴァロックスヒゲゼンマイの供給率は90%以上。
スウォッチグループとしては”グループ内にのみ部品を提供したい”という気持ちが強いと思いますが、スイス時計界においてニヴァロックス製ヒゲゼンマイに対する依存度が高すぎるため、グループ内で独占することは国から許されていません。
そのためニヴァロックス・ファー社はスウォッチグループ傘下の企業でありながらも、グループの垣根を越えて部品の提供を行っています。
汎用ムーブメントであるETA・セリタは勿論のこと、タグホイヤーやオメガ、ブライトリング、パネライ、IWCといったほぼ全ての一流時計ブランドにニヴァロックス製ヒゲゼンマイが使われています。
例え自社開発ムーブメントを謳っていても、ヒゲゼンマイに採用されているのはニヴァロックス製が多いです。
製造コストの高さ・調整の難しさを考慮すると、パーツを製造するよりも仕入れてしまった方が効率的になるからです。
③ロレックスが開発した自社製ヒゲゼンマイ「ブルーパラクロムヒゲゼンマイ」
殆どの時計ブランドはニヴァロックス製のヒゲゼンマイを使用していますが、完全マニュファクチュールである「ロレックス・セイコー・ランゲ&ゾーネ・パルミジャーニフルーリエ・Hモーザー」は自社にてヒゲゼンマイを開発しています。
とくに2005年にロレックスが開発した「ブルーパラクロムヒゲゼンマイ」はこれまでのヒゲゼンマイの常識を変えるほど画期的な発明でした。
ブルーパラクロムヒゲゼンマイは「パラクロム」と呼ばれる独特の青みがかったヒゲゼンマイです。Nb(ニオブ)とHf(ハフニウム)との合金素材で構成されており、視覚的に美しいことが特徴です。
また、ブルーパラクロムヒゲゼンマイの魅力は美しさだけではありません。温度変化にもめっぽう強く、ニヴァロックス製のヒゲゼンマイよりも優れた耐磁性を持つという特徴も持ち合わせます。
④近年は次々とヒゲゼンマイの開発が進んでいる
長らくニヴァロックス製のヒゲゼンマイに依存してきたスイス時計界ですが、近年は時計界全体でヒゲゼンマイの開発が盛んになってきており、自社開発を推し進める流れが顕著になってきています。
実際にオメガ・ユリスナルダン・カルティエ・ブレゲ・パテックフィリップはロレックスが開発したブルーパラクロム・ヒゲゼンマイに近い品質のヒゲゼンマイを作り上げており、量産化さえできるようになればニヴァロックス製のヒゲゼンマイに頼らずとも自社でヒゲゼンマイを賄えるようになります。
尚、各社がヒゲゼンマイの開発において重要視している素材は「シリコン」です。
シリコンは「磁場の影響を受けない・金属より軽い・変形しにくい」というヒゲゼンマイに最適な要素をふんだんに含んでおり、さらには腐食や衝撃にも対しても強い耐性を持っています。
現に新しく開発されたヒゲゼンマイの殆どがシリコンで作られており、今後はシリコン製のヒゲゼンマイが恐らく主流になると思われます。
出典:https://www.breguet.com/
また、2017年にはゼニスがテンプとヒゲゼンマイの代わりに”単結晶シリコン製の新型オシレーター”を採用した新機構を開発。
専門的過ぎて何のことだか分かりにくいですが、要はヒゲゼンマイの必要性をそもそも無くすという斬新な発想を打ち出してきたということです。
ヒゲゼンマイを作ることは難しい上にコストが掛かかるため、一層のこと使わなければいいという潔い選択です。
しかし、この新機構はニヴァロックス製のヒゲゼンマイの約10倍の精度を引き出せるため、今後の展開に大きな注目が集まっています。
最後に
機械式時計において、ヒゲゼンマイは最も重要なパーツといえます。テンプが時計の心臓と呼ばれるなら、ヒゲゼンマイは循環器とでもいいましょうか。
ヒゲゼンマイがなければ時計は正確な時間を刻むことができず、時計としての役目を果たしません。
また、「ニヴァロックス製のヒゲゼンマイ」に頼りきりだったスイス時計界が、近年次々と新たなるヒゲゼンマイを開発していることにも注目です。
21世紀に入ってからの目まぐるしいヒゲゼンマイの進化は、今後の機械式時計の更なる発展を期待させます。
当記事の監修者
南 幸太朗(みなみ こうたろう)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN 買取部門 営業企画部 MD課/買取サロン プロスタッフ
学生時代に腕時計の魅力に惹かれ、大学を卒業後にGINZA RASINへ入社。店舗での販売、仕入れの経験を経て2016年3月より銀座本店 店長へ就任。その後、銀座ナイン店 店長を兼務。現在は営業企画部 MD課 プロスタッフとして、バイヤー、プライシングを務める。得意なブランドはパテックフィリップやオーデマピゲ。時計業界歴14年。