繊細な歯車の集合体である機械式時計はちょっとしたトラブルでも不具合が生じてしまうため、時計の定期健診を行う必要があります。
そこで行われるのがオーバーホールです。
車が2年に一度車検を受けるように、機械式時計も4年~5年に一度、オーバーホールを受けることが推奨されております。
そこで今回はオーバーホールとは何か?その期間や費用は?通常のメンテナンスと何が違うのか?といった疑問に対して徹底解説いたします。
初めてオーバーホールを行う方にぜひご一読していただきたい内容です。
目次
オーバーホールとは?
オーバーホールは英語の「overhaul」を語源とする言葉で、徹底的に点検するという意味をもつ言葉です。
時計業界以外でも車やバイク・楽器などにも使われる言葉ですが、「機械製品を部品単位まで分解して掃除や調整等を行い、再度組み立てて新品時の性能に近ずける作業や点検」のことを指します。
専門誌などではOHと略されることもあり、時計を趣味にする方にとってはよく目にする言葉だと思います。
オーバーホールの工程について
オーバーホール=徹底的に点検。
その名の通り、時計のオーバーホールではムーブメントを分解し、徹底した掃除や調整が行われます。
主なオーバーホールの工程は以下の通りです。
1. ケースからムーブメントを取り出し分解する
2. 一つ一つパーツを外していき、破損しているパーツがあれば交換する
3. 全てのパーツを超音波洗浄にて綺麗にする
4. 歯車などにオイルを挿しながら元通りに組み上げる
5. 精度チェックや防水性チェックを行う
詳しくは次項で解説しますが、オーバーホールは悪いところだけを調整するメンテナンスとは異なり、全てを徹底的に調整します。
機械式時計は継続的にメンテナンスを行えば数十年使用し続けることが可能ですので、長年愛用し続けた時計であっても、新品に見間違えるほど生まれ変わります。
なぜ定期的なオーバーホールが必要なのか
オーバーホールの目的は、時計内部の消耗パーツを交換することで未然に大きな故障を防げることにあります。
機械式時計は人間と同じく、定期健診による病気の早期発見が大事です。
初期症状の不具合であれば細かなパーツ交換によって時計は健康な状態に戻りますが、不具合を放置してムーブメント全体が駄目になってしまった場合、機械そのものを丸ごと交換する必要があります。
そのため、多くの機械式時計では4年~5年に1度のオーバーホールが推奨されています。
出典:https://www.omegawatches.jp/ja/customer-service/servicing-my-omega/
仮にオーバーホールを長年怠わってしまった場合、どのような状態になるのかというと
・ゴムパッキンの劣化による防水性の損失、錆の発生
・潤滑油の劣化によるパーツの摩耗、破損
・精度の低下
上記のような不具合が生じます。
特に問題になるのが潤滑油の劣化です。機械式時計の各種歯車はオイルが注油されることでスムーズに動きますが、長年使用し続けると油が切れてしまい、歯車に強烈な摩耗を生みます。
この状態になると歯車が欠けたり、折れたりしてしまい、パーツ交換が高額になる可能性が高いです。
細かなパーツ交換で済めば大きな費用はかかりませんが、ムーブメントを交換しなければならない状態になってしまえば高額の修理費用がかかります。
面倒くさいと感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、不具合を感じたらすぐにオーバーホールの依頼を行いましょう。
また、故障の予防だけでなく、外観を新品同様に仕上げられることもオーバーホールの大きなメリットだといえます。
※ロレックスではオーバーホールを行うと外装研磨も併せて行われます(ブランドによっては行わない場合もあります)。
超音波洗浄による汚れの除去。ケースの研磨。
細かな傷がたくさんついた時計であっても、美しい輝きを取り戻してくれます。
オーバーホール頻度のあれこれ
オーバーホール頻度は一昔前は3年に1度が当たり前でした。
ただ、近年は潤滑油のクオリティーが上がったことにより、4~5年に1度程度の頻度でも十分時計の状態をキープできるようになっています。
品質の高い潤滑油が用いると長年時計を使っていても揮発や固着が起こりにくく、1回の注油による持ちが格段に良くなります。
出典:https://www.omegawatches.jp/
尚、ブランドによっては更に頻度が長くなるモデルもあり、例えばオメガのコーアクシャルムーブメント搭載機であれば8年~10年に1度のオーバーホールでも時計の性能を維持することができます。
これらのムーブメントには負担が大きいパーツにシリコンといった新素材が使われており、長期間メンテンスを行わなくても安定した精度が保てるようになっているのです。
現在のコーアクシャル機構は時計の心臓部であるテンプにシリコン素材が使われています。時計の精度を司るがんぎ車が風車のような形に変更されおり、負担が軽減されています。
ちなみに現在はメンテナンスを必要としないメンテナンスフリー機構の開発も進められていますが、こちらは技術的な観点からはまだ難しいようです。
一方でメンテナンス期間のさらなる延長は不可能ではないとのことなので、今後の動向に期待したいところですね。
メンテナンスとの違いについて
オーバーホールによく似た言葉としてメンテナンスという言葉があります。
オーバーホールもメンテナンスも一緒じゃないの?という疑問を持たれる方も少なくありませんが、メンテナンスが「修理点検」「整備点検」を意味する言葉であるのに対し、オーバーホールは「全て」「徹底的に」という言葉が含まれています。
つまり、時計におけるメンテナンスは点検や整備程度で済む修理のことで、オーバーホールはその上位行程ということになるわけです。
例えば少し針がズレた、時計に磁力を近づけすぎて磁気帯びしてしまったといった軽い症状であれば、整備点検、つまりメンテナンス作業でも時計を元の状態に戻すことができます。
しかし、カレンダーが切り替わらない、時計の精度が著しく悪いといった症状がある場合はムーブメントを分解し、摩耗・破損した部品を交換して再組み立てを行うオーバーホールをする必要があります。
料金表を見るとわかりますが、オーバーホールとメンテナンスでは断然オーバーホールのほうが高額です。理由としてはオーバーホールは分解から組立までを行うため、作業に手間がかかるからです。
オーバーホールにかかる期間
ムーブメントによっては数百ものパーツが組み合わされて作られており、これを分解し、また組み立てるだけでかなりの時間を使います。それに加え、パーツの洗浄や精度の調整・点検を合わせて行うため、民間の修理業者に依頼した場合で、おおよそ1ヶ月程度の期間がかかるのが一般的です。
ただし、シンプルな2針時計と複雑時計では作業にかかる時間が大幅に異なりますし、その時の工房の込み具合によっても変化しますので、正確な納期は出してみないとわからない部分もあります。
メーカーにオーバーホールを依頼した場合は、見積が出るのに2週間、作業に1ヶ月以上かかり、納品まで2ヶ月程度かかることもあります。スイス送りになると、さらに期間が延びるでしょう。
ちなみに「メンテナンスだけしていても使い続けることができるのでは?」と思われがちですが、メンテナンスでは故障の原因となるパーツのみを修復・交換することになるため、潤滑油の追加や防水性チェックなどが施されません。長期にわたってメンテナンスのみでの使用は現実的ではなく、どうしても定期的なオーバーホールは必要不可欠となります。
ただし、すべての不具合でオーバーホールが必要になるわけではなく、軽度の不具合であればメンテナンスで十分ですので、不具合に応じて使い分けていくのが良いでしょう。
オーバーホールに出すべき症状について
時間が大幅にずれる
一般的な機械式時計の精度は日差-10~+20秒ほどが想定されます。この範囲のうちは想定できるズレです。
しかし、これよりも大幅に精度が悪くなっている場合はパーツに何らかの不具合が生じている場合があります。
ローターの回転音がうるさい
自動巻きに多く見受けられる症状ですが、オーバーホールをせずに長年時計を使っていると、ローターの回転する音が大きくなることがあります。
これはローター周辺の油が切れていることを意味し、摩擦によりゼンマイを巻き上げる際に大きな回転音を発生させている可能性が高いです。
※なお、正常な状態であってもローターの回転音は発生します。極端に音が大きくなったときだけ注意すればよいでしょう。
ガラスが曇る
ゴムパッキンが劣化していると、高い防水性能を持つ時計であっても、防水性能が弱くなってしまうことがあります。
一時的にガラスが曇ることはありますが、常にガラスが曇っている場合は空気中の水分や埃がムーブメント内部に侵入してしまったのかもしれません。
この状態を放置するとムーブメント全体に錆が生じてしまうので、早急にオーバーホールが必要です。
クォーツ時計のオーバーホールについて
電池とモーターで動くクォーツ時計に関してはオーバーホールが不必要だと思われがちです。
確かに安価な時計に搭載されているクォーツムーブメントは基本的にはオーバーホールをせずに使い捨てで交換されます。
しかし、オメガやエルメス、グランドセイコーなどに搭載されている高級クォーツムーブメントに関しては機械式時計と同様にオーバーホールが必要です。
出典:https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/9f9s9stories/vol1/2/
クォーツムーブメントは動力部はモーターですが、針は歯車で動かすアナログ機構となっています。
この部品が劣化すると電池の消耗が早くなったり、精度が狂いやすくなります。
定期的なオーバーホールを行うことで防水性のチェックも行うことができるので、クォーツ時計であっても長く使っていきたいのであれば、定期的なオーバーホールを依頼するべきです。
※クォーツムーブメントのオーバーホール周期は5~6年に1度程度です。
※オーバーホール周期が長いのはパーツ数が少なく、歯車にかかる負担が機械式よりも弱いからです。
オーバーホールの費用・料金相場
オーバーホールにかかる料金は時計によって大きく異なります。
ETAやセリタといった汎用ムーブメントが使われている時計であれば比較的割安でオーバーホールを受けることができますが、パテックフィリップやオーデマピゲといった超高級時計だとオーバーホール代が数十万円かかることもあります。
ここでは例としてロレックスとセイコーの正規オーバーホール料金を記載します。
ロレックス オーバーホール料金
■オーバーホールのみ
モデル名 | 価格 |
---|---|
エクスプローラーI(214270,114270,14270等) | 71,000円~ |
オイスターパーペチュアル,エアキング | 50,000円~ |
サブマリーナ ノンデイト(114060,14060M,14060等) | 70,000円~ |
エクスプローラーII,ミルガウス(216570,16570,116400GV等) | 70,000円~ |
GMTマスターII(116710,16710等) | 70,000円~ |
サブマリーナ デイト(116610,16610,16800等) | 70,000円~ |
シードゥエラー(16660,16600等) | 70,000円~ |
ディープシー(116660) | 70,000円~ |
ヨットマスター(116622等) | 77,000円 |
ヨットマスターII(116680等) | 110,000円~ |
デイトナ(116520,16520等) | 88,000円~ |
デイトジャスト | 70,000円~ |
デイデイト | 100,000円~ |
セイコー オーバーホール料金
■グランドセイコー
駆動方式 | 金額 |
---|---|
メカニカル | 47,000円~ |
クォーツ | 36,000円~ |
スプリングドライブ(3針) | 52,000円~ |
スプリングドライブ(クロノグラフ) | 79,000円~ |
■クレドール
駆動方式 | 金額 |
---|---|
クォーツ | 28,000円~ |
メカニカル | 38,000円~ |
クロノグラフ | 54,000円~ |
■ガランテ
駆動方式 | 金額 |
---|---|
メカニカル | 38,000円~ |
スプリングドライブ | 44,000円~ |
スプリングドライブ クロノグラフ | 70,000円~ |
民間業者のオーバーホール料金
民間修理業者では、店舗によって作業の品質にバラツキがありますが、評判の良い業者に依頼をすることでメーカーと同等のクオリティでオーバーホールを行うことができます。
料金は店舗によって異なりますが、概ね正規修理の半額~7割ほどが相場です。
シンプルな3針であれば2万円台からでもオーバーホールを受け持ってもらえます。
ロレックスやセイコーに関しては、民間の修理業者でも純正パーツを保持しているところが多く、安価に抑えたいのであれば依頼してみるのもよいでしょう。
まとめ
時計の精度を保ったり、寿命を伸ばすためには定期的なオーバーホールが必要です。
オーバーホールを行うことにより、時計は分解洗浄され、新品同様の状態に戻すことができます。
費用に関してはブランドや時計仕様・状態によって異なりますが、正規オーバーホールであれば4万円~、民間修理業者であれば2万円程度から受け持ってもらうことができますので、少しでも時計に不具合を感じたら、見積もりに出してみましょう。